あきる野院院長 河村陽平

院長 河村陽平

「患者様を笑顔にしたい」

はじめまして。
私はあきる野店院長の河村と申します。
この度、数ある鍼灸院の中から当院の
ホームページをご覧頂きありがとうございます。
これから私の治療に対する思いを記述させていただきます。お目通し頂けると幸いです。

河村陽平ストーリー

河村庸平

私の育った家庭環境は両親はとても優しく、比較的恵まれた環境で育ちました。

元来、人との関わりに当たり障りの無い人生を好む私は、普通の友達を作り、普通の学校生活を送り、そこそこの会社 に入社して、普通の家庭を持つことが良い人生だと 小学生の頃は思っていました。

その思考が徐々に大きく変わっていったのが『小学校から打ち込んで来た野球での挫折』『その経験から見出した鍼灸治療への可能性』、そして『実際の臨床で出会った患者様の笑顔』でした。

〜野球で味わった大きな挫折〜

患者様を救う施術法

私は小学生から高校まで一生懸命野球をやっていました。

小・中学校では試合出場と、ベンチでの応援の繰り返しで、何とか固定で試合に出れる選手になりたいと努力に努力を重ねて来ました。

練習に汗を流し、仲間達と味わう手に汗握る試合の毎日は充実しており、とてもやりがいを感じていました。

高校も同じように全力で野球に打ち込み、絶対に甲子園で活躍するんだと意気込んで入学。

しかし高校野球はそれほど甘いものではありませんでした。

中学とは比較にならない練習の厳しさ、仲間の技術レベルの高さ、厳しい練習の後に1人で自主練習を重ねても試合での結果は伴わず、精神的・肉体的にも追い込まれていきました。

そんな過労に過労を重ねた毎日に、ついに私の身体は限界を迎え、高校野球の醍醐味である最後の大会前に「半月板損傷」という膝の怪我をしてしまい、私の高校野球の幕を閉じました。

「何の為に練習してきたのか?」
「努力しても何にもならないじゃないか!」

どこにぶつけて良いのか分からない怒り、悲しみと悔しさは言葉ず、唇を噛みしめる毎日でした。

その感情の高ぶりと同時に感じたこと、
「同じ様に怪我で苦しんでいる人を救いたい!」

その思いは日増しに強くなり、もともと調理系の専門学校を第一志望に考えていましたが、大きく進路を変えて医療の道『鍼灸』を志しました。

学びを知った鍼灸の可能性

学びを知った鍼灸の可能性

日本工学院八王子専門学校鍼灸科に入学した私は愕然としました。今まで自身では優秀と自負してきた、数学や古文などの教科は役に立たず、人体生理学、神経や血管、筋肉など医療における学問難しさを痛感しました。

私が入学した学校は、鍼灸の学校の中でも、 とても濃厚なカリキュラムを組み、高い知識・技術、社会人としてのマナーを身に付けることができる学校で、恵まれた環境な分、勉強が追いつけずに学校を去る人は絶えませんでした。

私が念頭に掲げてきた、
「私と同じ様に怪我で苦しんでいる人を救いたい!」

この思いを胸に、私は必死に勉強を重ね、優秀な成績を収め 卒業、国家試験にも高い成績で合格し、卒後開業させていただきました。

~想いの詰まった鍼灸院 まごのて堂~

思いの詰まった鍼灸 まごのて堂

通常鍼灸師は学校を卒業してから、10年20年後に開業するが普通です。
ですが私達はそこに疑問を感じました。

「就職して10年働いて開業出来るなら、全員開業してるはずじゃないか?」
卒業して就職している先輩方に就職後の様子を聞いてみると合点がいきました。
就職先では運動マシンの使い方やクイックマッサージ等、「患者様を治す」技術では無く、「1日でいかに患者を多く診る」技術指導がほとんどで、それ故に個人の技術はなかなか向上しない現状があったのです。

「1日も早く患者様の症状を治し、笑顔になって頂ける臨床家になりたい!」
最もその想いが実現できる事が、最も試練の多い『開業』でした。

いざ開業してみると、開業は私が思っているよりも何倍もの困難を極めました。
家賃、光熱費を払うので精一杯な日々を過ごす中、精神的に追い詰められることも多々ありました。

しかし私は「困っている人を救いたい」
この思い一心に、駆け出しながらご来院してくださっている患者様の治療をさせて頂く中、患者様から
「先生のおかげで良くなりました、ありがとう」
その一言が涙が出るほど嬉しくやりがいを感じ、もっと多くの患者様を救いたい!と誠心誠意患者様の治療にあたる中、徐々に患者様の足数も多くなり、今では多くの患者様がご来院頂ける鍼灸治療院となりました。

~最先端の医療技術が生み出す高い改善率~

最先端の医療技術が生み出す高い改善率

定休日の日には、質の高い施術を患者様に行う為、埼玉県南越谷にてトリガーポイント治療院、~よしむら鍼灸治療院~を開業し、MPS(筋筋膜性腰痛症候群研究会役員、一般社団法人 日本超音波鍼灸協会(JAU)会長であります、【吉村 亮次】先生のもとで、研修生兼助手としてトリガーポイント、超音波エコーによるエコーガイド下筋膜リリースに対する多くの知識・技術を取得してまいりました。

今もなお、一人でも多くの患者様の症状改善確実なものにする為に、
先生のもとへ毎週1回、研修へ行かせて頂きなから、最先端医療機器である超音波エコーを『拝島院』『あきる野院』に一台ずつ導入し、最先端の医療技術を患者様に提供させて頂いております。

また一般社団法人 日本超音波鍼灸協(JAU)にてスタッフのお役も頂き、今後もより一層の患者様の症状改善に向け弛まぬ努力を続ける所存です。